「平成17年8月15日 靖国神社」
毎年この日はやつてくる。
今年は「あの日」から60年すぎた。
毎年かはらぬ靖国であれど、すこしずつ何かがかはつてゐるのかも知れない。
ただただ、私は靖国を詣でるだけである。
午前5時50分。開門前。 家から始発で飛び出て、ギリギリ開門前に立ち会ふ。 |
第二鳥居下ではマスコミ連中が砲列を連ねる。 こんな時間から御苦労極まりない。 |
参列者も最初は遠慮して神門前から退いてゐます。 |
5時55分過ぎ。そろそろ開門。準備は万全。 |
靖国の8月15日が、はじまる・・・ |
門がゆつくりと、静かに開かれる。 |
午前6時10分。すでに賑はう拝殿前 |
午前6時40分。徐々に日の光も照り出す。 |
6時45分。御苦労様です。・・・自分もだが(笑) |
午前7時20分。拝するには丁度良い頃合ひ。 |
午前7時30分。札所も準備開始。ほんたうに御苦労様。 |
それにしても。 朝の6時から靖国にいる自分にも呆れる。 そろそろ朝飯にしたいと思ふ。 |
午前8時。今年の「国民の集い」は例年よりも規模が大きい |
午後の部までプログラムされてゐますね |
午前8時。第一鳥居。そろそろ人手も多くなる。 |
午前8時。神門前。 |
午前8時5分。そろそろバレた? 私が巫女スキーであることが(ry |
午前8時30分。地方からのバスも連なる。 |
9時55分。毎年恒例。「英霊に感謝する集い・放鳩式」 私は毎年参加してゐる。 この場にゐないと8月15日の靖国に詣でた気がしない。 |
午前10時。 第9代靖国神社宮司にして盛岡南部第45代当主である 南部利昭氏が、「英霊ありがとう」の心を込めて鳩を放つ。 |
南部宮司「英霊、ありがとう」 |
今年は快晴の下に飛び立つ白鳩たち |
10時15分。気が付けば参道は行列だつた。 |
10時15分。すでに列に並ぶ必要がない私であるが。 |
10時15分。・・・撮影方法は秘密。 私は「報道関係者」ではありませんが何か? |
10時20分。 だから。たとへ臨時助勤巫女さんであれど(ry |
10時30分。本殿前。今年は暑い。 |
去年、一昨年と、靖国は雨であつた。 英霊の涙雨もよいけれども、 8月15日は、暑いはうが「らしく」もある。 |
11時59分。今年の黙祷はこの位置で。 |
12時3分。拝殿前で万歳が沸き起こるが、何故に万歳かは・・・ |
12時55分。到着殿前。 |
到着殿前。 今年は、ベストな撮影位置が確保できなかつた それでも「石原コール」は沸き起こる。 そして「2ちゃんねらー」のヤジ合戦もはじまる。 |
1時56分。津川雅彦氏が参拝を終へる。 |
1時57分。そして石原慎太郎都知事も参拝を終へる。 |
到着殿前。今年はひさしぶりにこの場所に張り付いた私がゐる。
そしてひさしぶりに、あの懐かしい「ヤジ」を聞く。
・・・
一部再現してみよう。
「アサヒ新聞の本社はどこだ〜」(間髪入れずに別の人が)「ピョンヤン!!!」「当たり!!!!」
「アサヒは中国のイヌだ!!!」「アサヒは中国に帰れ〜〜〜!!!」
「アサヒ帰れ!!アサヒ帰れ!!!アサヒ帰れ!!!」(大合唱)
・・・
「マイニチはどうですか?」(間髪入れずに別の人が)「マイニチは爆弾テロです!!!」
・・・
「アサヒ!チャ○コロは日本が今どうなっているか気になっているから、電話してやれろ。チャ○コロに」
・・・
「今日は右翼になぐられたと、捏造記事を書くそうです」「2ちゃんねるの右翼に呼びつけられて、圧力をかけられたと書くそうです」
・・・
「戦争反対のアサヒは、中国のやる戦争には賛成のようです」
「チャ○コロのイヌ。アサヒ!!!」
・・・
「なんで、アサヒ新聞が靖国にいるんだ」「中国様のお許しは得たんですか?」
・・・
「とりあえず、アサヒは帰れ」「アサヒ、ここは日本だぞ。帰れ」
「マイニチも帰れ」
「そのかわり、サンケイ新聞はがんばれよ」
「ティビーエスもカエレカエレ」
・・・
「週間キンヨウビ出てこい!!!」「もうなくなってます〜〜」「また隠れてレポやってんだろ!」
・・・
「もうアサヒは聞いてないふりしていますwwwwwww」
・・・
「今日もよくがんばったニダ」「偉いニダ」「将軍様にちゃんと報告しておくニダ」「ニダニダ」
・・・
アサヒカエレwww
・・・
・・・
(津川雅彦氏登場)
津川さんありがとう。ありがとうございま〜〜〜す。
(拍手喝采)
・・・
(石原慎太郎氏登場)
イーシッハラ!イッシハラ!!イッシハラ!!!
石原〜〜〜
石原閣下〜〜〜
石原知事頑張れ!頑張れ!!!
(拍手喝采と万歳の嵐)
・・・
アサヒはカエレ〜〜〜〜〜 アサヒカエレwww
えー。今年も大活躍ですね。
ちなみに事後談。
このヤジコールの最中にヤジを飛ばしてゐる首謀者数人の正面顔写真を撮つて歩いてゐる記者がゐた。
恐らくはアサヒの記者(らしい)
もちろん、このあとに「ねらー」に囲まれて・・・(ry なさわぎ。。警備員と警察が出動して、騒ぎを納めてゐたが、一般参列者(?)の顔写真を記録するといふ行為をおこなふ記者は、いかがなものか、と。
もちろん。私はねらーではありませんが何か?
とりあへずアサヒはカエレ
今年はあへて「開門」の靖国に立合つた。立ち合ひたかつたから。ただそれだけのこと。
一般人よりも、より深く「靖国を思つてゐるぞ」といふ具体化なのかも知れない。すくなくとも昼過ぎの騒ぎは尋常ではない。
やはり
靖国は神社である。神社としての靖国に接するはうが、私が心が落ち着くし、御霊へもゆっくりと感謝の意を込めることが出来る。
しづかに
ゆつくりと
個人個人、それぞれの靖国参拝の姿勢があるだらう。
私は私なりに、いろいろな靖国を、靖国を象徴する事象に接しながら、靖国を伝へていくだけである。
結局
午前6時から午後2時近くまでの約8時間も靖国に居ましたが、何か?